≪西日本豪雨≫即日、現地へ支援物資を届けて思ったこと

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昨日、私が広報を担当させていいただいている”愛媛プロレス”が
愛媛県の豪雨被災地に向かいました。
その様子をレポしたいと思います。
※長文ですが、今後の緊急時の対策に皆さんのお役に立てれば嬉しいので、
細かい部分も記載させていただきます。

ここからは、エリー代表に聞いたお話をレポします。

そもそも、愛媛プロレスのキューティエリー代表は、
4日前から、4泊2日(船中2泊)の予定で福岡に滞在中でした。
『NPO法人九州プロレス』の”筑前りょう太”理事長との情報交換、そして
九州プロレス10周年記念興行を拝見するため。
※筑前代表の”九州を元気にする”想いはしびれるほどかっこよく。
記念興行は感動的なスケールだったのですが、その話は後日。。

「もつ鍋もかわ焼きもラーメンも完食♡さぁ愛媛に帰りましょう♡」
思って、7月7日夜、博多駅に行くと…人がすし詰めパニック状態。

一緒に同行していた19歳のライジングHAYATO選手は、
初めて見る光景に呆然…笑。

どうやら新幹線が運航停止状態。
払い戻しを求める人が駅構内に溢れている状態。

エリー様とライジングは、その日のうちに小倉に行くのはあきらめ、
翌日7月8日の朝、7時50分の福岡空港発の飛行機で松山に戻りました。

ライジング選手は愛媛プロレス道場へ直行(日曜日は練習日)。

久し振りに、自宅に帰ったエリー様。
少し仮眠しよう…と思っていましたが、気になっていたのは、友人Yちゃん(野村在住)へのLINEが既読にならないこと。避難所に避難している、と前日に聞いていたのに、携帯の連絡が取れなくなっていたのです。

エリー様は気になって、ベッドで横になりながら野村の状況をSNSで確認…
すると、被害の大きさを改めて認識。

 

 

愛媛プロレスって『地域を元気に』するんじゃないの
プロレスラーって、超人じゃないの?
愛媛に笑顔と元気を届けるんじゃないの?

気がついたら、エリー様はベッドから起き上がり、東日本大震災で炊き出しボランティアを行った友人に電話。こういう場合の支援物資の届け方を確認。


●避難所の人数・必要なものを聴き、受け入れOKの指示が出てから行く

→不必要なものを持って言ったら迷惑になってしまう可能性あり
●交通ルートの安全確保が最優先

エリー様は、愛媛プロレススポンサーの三福グループN社長にお電話。

「愛媛プロレス、被災地に救援物資をお届けしたいんです。力を貸して頂けませんか?」

N社長は優しく
「それは僕も考えているのだけど、現地でご迷惑になったりしないかな?」と。
「現地の行政とも連携します。行けなければ、後日寄付するので、集められるだけ集めて頂けませんか?」

こんなエリー様の勇み足に、N社長は即決。
「了解!必要なものをラインして!」と。

それからエリー様は、同じく愛媛プロレススポンサーの株式会社ネクスポイント様H社長、セイズストリート代表S様などに連絡。

15時出発を目途に、物資調達開始しました。

エリー様の頭の中には試合開始のゴングが
※ベッドを起き上がった時間は、午前11時。タイムリミットは4時間。

愛媛プロレスサプライヤーの銀天街のA-one様に連絡。
「南予地区の豪雨被害への救援物資回収所」の場保確保と張り紙を依頼。

この時点で①中村の会社駐車場②銀天街
この2カ所で14時と15時までの物資回収の手はずを整え、LINEで救援物資の呼びかけを。
→2ヶ所にしたのは、車の方と車の無い方、それぞれが持ってこれる場所、と考えました。

そしてここで、練習中の愛媛プロレス副代表に電話。
練習中止、今から南予に行ける団員を集めるよう指示。
副代表は何も聞かず、何も言わず
「行きましょう!了解です!車とドライバーの手配します!」と。

ここで、愛媛プロレスブラッディ・オレンジに連絡。
ブラッディは交通事情に詳しく、情報収集力がずば抜けて高い。
事情を説明し、被災地まで確実に車で到達できるのか、判断を下してほしい旨を連絡。ブラッディオレンジは、その日の仕事をキャンセルすることを即決。「分かりました!」と一言。

そしてエリー様は、バナナを食べながら野村役場、西予市役所に電話。

●どこに物資を持っていけばいいか?

●現地で何が不足しているか?質問。
→何が不足しているか、把握できてない状態。受け入れ態勢は、今日もしくは明日に整うはず‥‥との回答。

こういったとき、被災の大きい現地行政がパニックになったり、安易に受け入れのお返事ができないのは予測済み。

被災地に近いけれど被害がそこまで大きくない近く行政機関に連絡し、その場所まででも、物資を運べないか?と考えました。

愛媛プロレスには、野村町のご近所、鬼北町レスラー“鬼王丸”が!!

北町長は愛媛プロレスに何度も観戦に来て下さっていて、交流が

すぐに鬼北町の役場のI様にお電話。
現状を話すと、「分かりました。救援物資の受け入れ先を調べて折り返します」と、迅速で歯切れのいい解答!!

ここで、野村にいるYちゃんからLINE通話が。
開口一番「つながったーーーー!!」と不安そうな声で喜ぶYちゃん。
「エリーさん!電話がつながらないんです!みんな非難してて…電気は来たんですが…」このあたりで電話は混線。「無事なの?今から行くよ!Yちゃん!野村に行くからね!」とエリー様。

ここでご当地タレントらくさぶろうさん(愛媛プロレスのリンアナも。)から、
今夜のラジオで現地状況を伝えてほしいとご連絡が。
そう言えば、らくさんのご実家は南予…。
もちろん承諾のお返事をしてから家を出ました。

この時点で、水100ケースなど大量に支援物資が集まっている報告がLINEに。

そして、その時点で、SNSをできる限りチェック。
TwitterやFBで現地の情報を収集。
すると、市議会議員の松波雄大さんが、現地の情報をかなり詳細にFBにアップされているのを発見。親交がある雄大さんに直接連絡。

事情を返事すると、現状の受け入れ体制が整っている場所(西予市役所)を教えて下さり
担当の方とつないでくださいました。
とても迅速で、担当の方も、連絡が取れない場合のために2名ほどつないで下さいました。
松波さん、本当に頼りになりましたよ!!
ケーキとかき氷、また食べに行きますね!(松波さんの実家は松山でも老舗のケーキ屋さん♡)

A-oneに行くと、多くの救援物資が。
FB見ました、と歯ブラシや飲料水を何人もが持ってきてくださいました。
頂いた皆様のお名前を伺い、仕分けしながら車へ運び込み。
愛媛プロレスのファンの方もたくさん物資を持ってきて下さいました。
目の前のマツキヨで購入した物資を急いで私に来て下さる方も。

それらの荷物を運びこみ、もう一カ所の物資回収場所へ。

ここで、予想を超える量の救援物資を目の当たりにしました。

ドラッグストアmac様から、現地で必要そうな物資も大量に。
三福グループ様は、お休みに方もいらっしゃったでしょうに、十名を超える社員の方が仕分けを手伝ってくださっておりました。なんと沖縄から帰ってこられた社長自ら、仕分けを。。
ネクスポイント様は、愛媛プロレスのタオルを200枚買い上げて下さり、物資として提供してくださいました。

この時点で、14時。
なんと3時間足らずで、1t弱の物資が集まったのです。

大きなトラックだと、現地が通れない可能性があるため、
1.5tまでのトラックを4台、ミニバン3台に荷物を積み込み。

味元サービス様が、トラックですぐに駆け付けて下さり、
そしてなんと社長含め、3名もドライバーが同行して下さることに。

ブラッディオレンジは、インターネットで情報収集。
かなり細かい現地に交通状況を知っていたので収集方法を聞くと、まずはだいたいのルートを決め、危なそうな場所の状況を、道沿いのお寺やお店に直接電話し、道路事情を聴いたそうです。

●受け入れ先の確保OK ●交通ルート確保OK!!

午後15時過ぎ。
愛媛プロレスレスラー12名、ドライバー4名、合計16名、車7台で出発!

まずは内子五十崎インター前のローソンで休憩。

そこで目的地の場所の確認。

大洲の浸水被害の状況は予想よりひどく。

車が屋根まで使ってしまうくらいの泥の跡が残っている状況。
UNIQLOのシャッターがひしゃげて、ニトリも泥まみれでした…。

そして、午後6時。吉田町の全面通行止め道路の前で、松波さんからご紹介いただいた地元の消防団の皆様と合流。地元の消防団の方は、私たちの到着をとても喜んでくださいました。


しかし‥‥消防団の皆様、超!!男前の方々ばかりでした
レスラーが見劣りするくらいのイケメンぞろい…。。
(真ん中の方お二人が消防団の方です)

そして、消防団の皆様の誘導で、5ヶ所の避難所を回ることに。

【宇和島市吉田町】
深浦公民館
法花津避難所
玉津小学校
与村井公民館
白浦公コミュニティセンター

お年寄りからお子様まで避難中でした。

エリー様が駆け寄り必要なものを伺うと、水・歯ブラシ・歯磨き粉・大人用おむつ・懐中電灯・子供用のおむつなどを喜んでいただきました。

レスラーが運び出し、皆様としばし交流。

なかなか時間がないので、それぞれの場所で10分程度しかいられませんでした。

こういうとき、プロレスラーって、いいなぁ、と。
マスク姿のエリー様に子供は興味しんしん。

レスラーが元気に挨拶すると、皆さんが自然と笑顔に。
向こうから「写真撮っていいですか?」の声が。

夜8時。吉田町から、大洲市に入って、441号線を伝い野村町へ。

愛媛プロレス団員に「疲れた?」と聞くと、「疲れてません!」と返事が。

この道中でらくさぶろうさんからのラジオが。
出演して現地の状況をお伝えしたかったのですが、電波状況が悪く、つながりませんでした。

21時過ぎ。野村町中心地へ到着。
まずは野村支所(旧野村町役場)へ行き、避難所に物資を届ける許可を頂きました。

【野村町】
野村小学校
野村公民館
野村中学校

もう暗くなって、お休みの皆さんが多かったのですが、「プロレス見たい…」という小さなプリンセスのために、深夜&路上&サイレントプロレス。

「今までで一番観客が少なかったです。(母娘2人)。すごく勉強になりました」とライジング。(プロレス馬鹿です。)

交通事情に関しては、現地の皆様のおかげで、国道につながる最低限の道は確保されていました。
最後に行った白浦コミュニティセンターより先、宇和島市に向かう道は
自衛隊の方々が土砂崩れの復旧作業にあたるため、道を全面封鎖中。

ライフラインに関しては、ほとんどの場所では電気が戻っている状態でした。

今回走行距離は210。
松山に戻ったのは、深夜12時過ぎ。

『被災地へ物資を届けよう』と思ってから、13時間が経過していました。

「今からトレーニング行こうかな‥」と本気で悩んでいる団員たちを家に帰しました。。笑

こちら、野村のYちゃんからのLINE。
無事で何よりです。

あと、物資を受け取ってくれた皆様からも、あとから嬉しい連絡が。

 

 

ちょっと真面目に。
このような災害時の支援物資やボランティア活動には賛否あると思います。

例えば、お通夜の中(実際に、今お通夜の帰りです、という方と現地でお話ししました)、
ウサギのマスクつけて不謹慎だ!とか。
今は支援物資なんていらないよ、とか。救援の邪魔、とか。

もちろん、的確な行動でなければ二次災害の恐れや救援の邪魔になることもあります。

今回私たちが届けた物資は、無事被災者の皆様の手に届きましたが、
うまくいかず、物資を届けることができなかったり、もしくは何かしらマイナスのことを引き起こす可能性は、ゼロではなかったのは事実です。
実際、動いてみて分かったのですが、情報が錯綜し、不確実な要素が多い中で行動のジャッジを下さなければ行けない局面に直面することばかりです。
リスクがゼロの行動や正解を必死に探すけれど、100%はあり得ません。

そんな状況で行動している方々を安易に批判・避難するのではなく、
それぞれが自分でできる中で行動することが大事なのではないでしょうか?

今回、愛媛プロレスは、被災者と直接お話することにこだわりました。
そして、救援物資だけでなく「元気と笑顔」をお届けすることにこだわりました。
プロレス団体ならではの方法。

今回愛媛プロレスが準備したものは数多くありません。
物資は、松山市内の融資の方々のお気持ち。
それを、現地でお伝えすることにもこだわりました。

これが、エリー様の想いです。

届けた私達ではなく、
支援物資をくださった方、そして現地で奮闘する皆様こそがヒーローなのです。

 

怒和島に住む、70歳を超える私の心から大切に思う友人からの連絡がありました。
怒和島は、瀬戸内に浮かぶ、私の愛する美しい島です。
怒和島では3名の尊い命が犠牲となりました。

島には6人しか子供がいないのに、そのうち2人が犠牲となりました。

“久し振りの穏やかな海です”

この文面に、涙が出てきました。

これから復興の日々。
日本各地で被害にあわれた皆様が、いつも通りの日常を、一日も早く撮り戻せますように。

心から、お祈り申し上げます。

※愛媛プロレスは本日から3日間現地へドロかきのお手伝いに参ります。
>>参加希望の方はこちらまでご連絡ください